あんなにも柔らかかった日々が
一瞬にして凍り付いた。
その時にあの人も居なくなった
向日葵が枯れる前に
穏やかな時の流れは一転した。
やはり戦国、治めるための戦というのは否が応でもやることになる。
勿論、お館様はどんな状態でも治める者として、戦に出ていくのだ。
「お館様…どうか今回はご療養してください…。小規模なものですし。」
「気持ちは有り難いがそうはいくまい、民を恐れさせるものを放っておくわけにはいかんのだ。」
俺の止めも、皆の止めも聞かない。
誰が言っても同じだろうと思った。
「たまには安心させてやったらどうだ?信兄貴」
「元親か…」
突然の声、それは片腕の仙人。元親様だった。
「逆にそれじゃあ味方の士気下げるだけだぜ。」
「…わかっておるよ。」
「兄貴が、皆を思う気持ちはわかる。でもな、だからこそ余計にいかせられねぇ」
元親様の目は本気だった。
「一日…考えさせてくれ…」
そうお館様は言った
庭を見ると、あの向日葵は枯れていた
「あーあ…どうしてあんなに陰気な人になっちまったのかな…」
久々に来た元親様が一緒に風呂に入ろうと言うので、今風呂に入っている。
元親様は浴槽の縁を利用して頬杖をついている。
「どう思う?」
突然、俺に話を振ってくる。
「わかりません…出会った時には既にご病気でしたから…。」
「病気が原因かねぇ」
「…?」
突然、元親様は遠い目になった。
他に原因があるというのだろうか。
「さて、上がるか佐助。」
「え、あ、はい!」
風呂上がり、火照った身体を夜風で冷ます。
隣では同じようにしている元親様がいる。
そうしている所為か屋敷内の異変にもすぐ気がついた。
「ざわついてますね…」
「ああ、奇襲か。」
耳を澄まし、甲冑の金属が擦れる音がどこからするか確かめる。
それは…最も来ては困る場所だった。
「お館様…!!」
「佐助!!待て!!」
彼の制止も聞かず気づけば走り出していた。
甲冑の耳障りな音が近くに聞こえる
家臣の断末魔が響く
突然、障子が開けられた
「お前が、武田信玄か?」
今まで閉じていた目を開く
「そうだ」
何も隠さず、そのままの事を告げた
「へぇ…話には聞いてたけど、かなりの美人だな…」
馬鹿にするように男は笑う
「なぁ、俺達の相手してくれないですか?」
何が面白いというのか、
男達が笑うワラう
気分の悪くなる声をだす。
そして触ろうとしてきた
「触るな、愚者が。」
「おー怖い怖い。何、大人しくしてくれりゃそれでいいんだよ。」
力でねじ伏せられる、それも四人分の力で四肢を押さえつけられた。
「ぐっ…!!」
骨が軋む、男達の手が身体の上を這いずり回り不快感を誘う。
なんの抵抗も出来ない自分の身体を恨んだ。
鈍い音がした、生温いものが肌の上に落ちる。
突然男たちの動きはとまり何かに弾かれたように倒れ込む。
既に全員が息絶えていた。
「お館様!!ご無事ですか!?」
息をきらして来たのは昌幸だった。
「怪我はございませんか?」
「ああ…多少肩を痛めただけだ。」
着物を直すと立ち上がる。
「では、逃げますよ。」
その言葉に軽く頷いた
「お館様!!」
いつも彼が居る部屋を開けるとそこには遺体が4つ。
彼はいない
どこかに逃げたのだろうか。
ようやく我を取り戻すと、悲鳴が聞こえたのでそちらに走った
着けばそこは地獄と化していた。
何もかもが切り捨てられ、そして無に帰す。
既にそんな状態だ。
「いやぁーーー!!」
女官達の叫び声が、敵方の足音が、多くの音がその場を掌握していた。
「やめろおぉー!!」
声を荒げ、今にも女官に切りかからんとする男に向かってクナイを刺す。
心の臓に近い部分を刺すが、子供の貧弱な力では奥までは刺すことが出来ず、男に思い切り壁へと投げ飛ばされる。
当たった障子は鈍い音を立てて折れ、その一部が不運にも脇腹へと深く刺さる。
だが、相討ちかこちらの勝ちだ。
クナイにはもちろん毒が塗ってある。
「佐助くん!!」
女官が叫ぶ、骨組みを引き抜くと自分の脇腹からドロドロと流れる血、もう少し裂けていたら内臓が圧迫に堪えれず飛び出していたかもしれない。
「俺の事は良いから、早く逃げて!!」
女官達は躊躇していた。
何よりも、傷が気になるのだろう。
「良いから!!!!」
女官達は皆、「ごめんね」と言いながら安全な方へと逃げていった。
俺は落ちていた布を傷口に巻き止血するとお館様の気配を探る
早く彼を捜さなければ
自分の命よりも大事な命なのだから
「こちらです!!」
昌幸はなるべく安全な方へと導いてくれる、だが病は動くごとに痛み、浸食を始めた。
「うっ…」
息が詰まり、足を止めてしまう。
動きたいのに…
「お辛いですか?」
「すまん…」
なんと情けないものか
また、足音がする、今度は更に多い数だ。
「今度は数が多そうです。お館様は静かになるまでどうか此処に隠れていてください」
そう言って動けないわしを抱きかかえ押し入れに隠す。
「お前…は…!?」
朦朧とする意識の中、必死に問いかけた。
「もちろん…迎えに来ます」
襖を閉められた後の記憶はほぼ無いに等しい。
「てめぇらの頭の首は俺がもらった!!さっさとこの屋敷、いや…この領地から消えな!!迷惑なんだよ!!」
元親は頭領の頭を奇襲を仕掛けた者に投げた。
転がった首に恐れた男は何か笛のようなものを鳴らし逃げた。
「くそ…っ!!」
元親はこの光景に顔を歪ませる、荒れた屋敷内、血に染まった土壁、部位が足りない死体。
それが暗がりの中、月夜のみに照らし出される姿は何とも不気味なものである。
元親は顔を上げ、周りを見渡した。
「佐助!!どこだ!!」
主を探さんと走った小さな忍はどこに行ったのだろうか。
広い屋敷内を駆け回る。
すると廊下に、小さくうずくまる影が一つ。
「佐助ぇーーー!!!!!」
先ほどよりも更に荒げた声で、佐助の元に行き、抱き上げる。
意識は無い。
だらりと垂れ下がった手とあまりにも冷たい体が、元親を不安にさせた。
「おい、起きろ…死んでんじゃねぇよ!!」
揺さぶっても少年は動かない。
「佐助…」
元親は佐助の頬に顔を寄せた。
そのとき、浅く呼吸をしているのがわかったのである。
知らずうちに元親は涙を流していた。
「心配させやがって…馬鹿野郎。」
まるで自分の子供の様に彼を抱きしめた
「うん…」
目が覚めると、わしは床に転がっていた。
はだけた着物と全身を覆うぬるりとした感触。そして何かが乗りかかった様なだるさで全てがわかった。
何者かに犯されたのだ
「ふっ…!!」
生理的な嫌悪感が吐き気を促す。
何故、犯されているのに気づかなかったのだろうか。
「昌幸っ!!」
名を呼ぶが返事は無い、どこかに行ってしまったのだろうか。
「迎えに来ると言うたではないか…」
孤独が心を支配し、涙が止まらない。
まるで自分はただの子供だ。
誰かがいなければ歩くことさえもままならないのだから。
全身に激痛が走る。
また、病が動き始めたのだ
「嫌じゃ…誰か!!」
手が、急速に変色する
最後の浸食だろう…いつもよりも早い。
自信の心が折れた結果だろうか
静かな部屋に、パキッと乾いた音が響く。
病がわしを食う音だ。
既に全神経は麻痺している
後は死を待つのみか…
「お館様…!!」
「信兄貴!?」
聞き慣れた声が聞こえる
一つは昌幸で
もう一つは元親だ…
佐助は元親に抱きかかえられ、顔は青白い。
見込みはなさそうだった。
あんなに小さな子を側に置くなど、ただ殺めてしまうだけだったのだ
「すまぬ…」
「今、何と?」
昌幸に抱き起こされる。
彼もまた傷だらけだ。
「情けない主で、本当に悪い…だがそれももうすぐ終わる」
「そんなこと…!!」
そっと口に手を当て黙らせる
「向日葵が…枯れたのだ…」
あの向日葵が
「…ざけんなよ…」
ぽつりと元親がつぶやいた
彼は泣いていた
「折角…折角佐助が頑張って生きてんのに、それはねぇだろ!!あんたがいなくなったら、佐助はどうなんだよ!!目が覚めたときに、いてやれよ…」
「佐助が…?」
その言葉を聞いて、胸がつまった
生きてる…
「良かった…!死んでなくてっ…本当に良かった…!」
「だから…あんたも…」
「もう…無理だ…。佐助が目覚めたらわしのこと…伝えといてくれ。」
「信あにっ…!」
最後の言葉は聞こえなかった。
わしも…信長の様に、地に墜ちるのだろうか…
その後わしは新しい屋敷で目を覚ました、それも病気が治って。
代わりに昌幸はいなくなり、手紙のみがおいてあった
ー私が貴方の身代わりになります。貴方はどうか元親様が言うように、佐助のそばにいてやってください。
身代わりと言っても、私は貴方を守らず死ぬ気はありません。
この手紙の傍らに置いてあった種を植えてください。
その花が咲く頃、私は姿を現します。
時が来るまでお別れです…お館様ー
わしは、その種を植えた。
彼の者が戻ってくると信じて
終